日本らしさを求めて… ゴッホが憧れた南フランスの街アルル


オランダに生まれ、25歳で画家になる決意をし、フランスを拠点に制作活動をしたフィンセント・ファン・ゴッホ。

勢いのあるタッチや補色の効果を生かした作品はとても印象的であり、また彼の人生も興味深く、人気の高い画家の一人です。

 

37年間の短い人生(画家としては10年)の中で残した油彩の作品は850点ほど。

その中の189点を制作したと言われるアルルの街を訪ねました。IMG_6697

 

 

33歳の時、弟のテオを頼ってパリに移ったゴッホ。

荒れ狂うイメージと違って勉強家だったゴッホは、印象はの明るい色彩、日本の浮世絵から影響を受け熱心に勉強します。なんと、買い集めた浮世絵は400枚もあるそうです。

 

「彼らの作品は息をするようにシンプルだ。筆遣いは確かで、数少ない」(テオに送った手紙より)

 

(浮世絵を模写した作品『日本趣味:花魁』 ゴッホ美術館)

 

そして2年後、南フランスの街アルルを目指します。

IMG_6701(アルル駅のすぐ近く)

透き通る空気、強い日差し、明るい色…

ゴッホにとってアルルは日本でした。

 

「アルルは世界中でも日本と同じくらい美しいところだよ」(テオに送った手紙より)

 

 

上の写真を見て気づいた人もいるでしょう。

ここはゴッホがアルルでの生活の拠点としていた『黄色い家』のあった場所です。ゴーギャンとの共同生活をしていた場所として知られています。IMG_6699(さきほどの写真で赤い車が停まっているあたりが、黄色い家の入り口でしょう)

 

 

 

街を歩いているとこのようなものを見かけます。

 

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歩道に埋め込まれたこの標識は、ゴッホが制作した場所を示しています。

 

 

少し歩いてみましょう。

 

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        星降る夜 

『ローヌ川の星月夜』

 

 

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『夜のカフェテラス』

 

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『アルルの病院の庭』

 

IMG_6759 (裏手から見えた階段。どんな思いでこの階段を歩いたことでしょう…)

 

 

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『トランクタイユ橋の階段』(この作品は日本で殆ど紹介されていません)

 

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『アルルの跳ね橋』

 

 

歩いてみて感じたことがありました。「どれも特別な風景ではない」ということです。

何気ない風景はモチーフにすぎず、その中に自分の感情を描きだしたことが、ゴッホなのかもしれませんね。

 

 

ゴッホがアルルで制作していた時の作品で印象に残っている作品があります。

『ゴッホの椅子』です。

ゴッホの椅子(出典:www.salvastyle.com

ゴッホはアルルに友人で画家のポール・ゴーギャンを招きました。そこで共に制作活動を行います。

しかし互いの作品に関する意見が合わず、また耳の一部を切り落としたゴッホに恐れを感じ、ゴーギャンはアルルを出ていきます。

その時に描いた作品です。

 

この絵を見てみてください。何が描かれていますか?

 

 

椅子、床、ドア… 

 

他には何がありますか?

 

 

「タマネギ」や椅子の上にある「パイプ」にお気づきでしょうか。

ゴッホの椅子(出典:www.salvastyle.com)

 

通常、ドアの前に椅子が置かれていることはあまりありません。また、タマネギには芽が生え、時間が経っていることが感じられます。

 

この椅子は、ゴーギャンの帰りを待つゴッホ自身を表しているのです。

また、床が歪んで見えるのは、ゴッホの不安定な気持ちが表れているのではないかと私は感じました。

 

ちなみに…

ゴッホの作品で有名な「ひまわり」は、全部で7点あるのですが、ゴーギャンの到着時には部屋をひまわりで飾り、歓迎の意を示そうと制作しました。

ひまわりは太陽に顔を向けることから、「愛する人に顔を向ける」といった意味合いを持っているようで、ゴーギャンへの尊敬する気持ちが伝わるエピソードですね。

IMG_6848(アルル移動中のバスの車窓より、照りつける太陽を浴びるひまわり畑)

 

 

 

酒に溺れ、発作に苦しんだゴッホはとうとうアルルを離れ、サン=ミレの精神病院へと移ります。そしてその約1年後、自ら命を落とします。

 

気性の激しい性格から、友人を失ってしまったゴッホ。そんなエピソードから、精神的にも荒れ狂ってしまい、タッチの荒いうねうねした作風になったと思われています。

しかし、精神病院での入院中は調子のいい時にしか描かせてもらえなかったとか…。あの作風は病のせいではなく、ゴッホ本人から生まれた表現方法なのですね。

 

 

日本への憧れ、ゴーギャンとの共生…

夢見た世界が、違う現実となってしまったゴッホにとってのアルル。

 

静かな街でした。

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1件のコメント

  1. 題名の「日本らしさを求めて・・・ゴッホが憧れた南フランスの街アルル」から流れるような説明と、日本との関わり、臨場感のある現在の現場とゴッホの絵碑。ゴーギャンとの葛藤を「ゴッホのイス」で紹介するのは見るものを引きずり込み、問題も投げかけるところなど、もうとりこになるテクニックを感じた。
     400点もの浮世絵を収集したゴッホを何気なく日本人として誇りに感じさせるところもいい。
     (「アルルの跳ね橋」と現在があまりにも相違しているがどうなのかの説明がほしい。)
     そして、「ひまわり」。7点もありゴーギャンを迎えるために部屋に飾ったというエピソードは感動ものです。
    その後のひまわりの画像。
    それは、ゴーギャンを迎えるための7枚のひまわりのゴッホの気持ちを表しているように思えて思わず体が震えた。
    そして、アルルが、「静かな街でした。」で閉めた言葉に2度目の体の震えを感じた。

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